コラム

イグノーベル賞と心理学

2020.11.30

― 面白くて、考えさせられる科学研究 ―

皆さんはイグノーベル賞という科学賞について、耳にしたことはありますでしょうか。

「ノーベル賞」の方は毎年話題になりますし、日本人も文学賞や生理学賞などを数々受賞しています。
ちなみに、本年度のノーベル経済学賞は心理学者でもあるリチャード・セイラー氏が受賞しました。
授賞理由は「行動経済学への功績」となっています。
この「行動経済学」とは経済学に心理学の要素を取り入れたものであり、実はノーベル賞を心理学に関する研究成果が受賞したということなのです。
ノーベル賞には現時点で「心理学賞」はありませんが、生理学や経済学の分野は心理学と関連の深い分野でもあるので、心理学関連の研究がノーベル賞を受賞することがあります。
では、ノーベル賞と似ている「イグノーベル賞」とは、どのような賞なのでしょうか。

イグノーベル賞(Ig Nobel Prize)は、1991年に創設された「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる科学賞であり、ノーベル賞のパロディーという位置づけです。
ノーベル賞の創設者である「ノーベル」の前に否定を表す英語の接頭辞である「Ig」を付け加えると、英語の形容詞 である「ignoble」となります。
「ignoble」は日本語に訳すと、「恥ずべき、不名誉な、不誠実な」という意味になるため、ノーベル賞のジョーク版という意味合いがあります。
また、これもジョークの1種としてですが、ノーベル賞がノーベルの遺産で運営されていることに関連して、イグノーベル賞はノーベルの親戚の遺産で運営していると公式発表しています(ジョークなので、実際の運営等は異なります)。

また、イグノーベル賞は科学研究以外に、カラオケやたまごっち、バウリンガルといった商品の発明に対して贈られる場合もあります。
カラオケ、たまごっち、バウリンガルがいずれも日本の企業が開発した商品であるように、賞が創設されて以来、日本は繰り返しイグノーベル賞を受賞しており、イグノーベル賞常連国になっています。
同様にイギリスも継続的に受賞者を輩出していますが、世界的にジョークの類としあまり賞賛される雰囲気のない同賞に対して、日本とイギリスはイグノーベル賞の受賞を誇りにする風潮があるとされています。
イグノーベル賞の選考対象は5000を超える研究や業績であり、書類選考は本家のノーベル賞受賞者を含むハーバード大やマサチューセッツ工科大の教授ら複数の選考委員会の審査を経て行われています。

本家ノーベル賞には心理学賞はありませんが、イグノーベル賞の方には心理学賞があります。

そして、日本人の心理学者が受賞したことがあります。
1995年のイグノーベル賞の心理学部門を受賞したのは慶応義塾大学渡辺茂先生・坂本淳子先生・脇田真清先生による学習心理学の研究です。
授賞理由は「ハトを訓練してピカソの絵とモネの絵を区別させることに成功したことに対して」となっています。
ハトやラットなどの動物に新しい行動を獲得させることができるというのが、学習心理学の理論です。
エサを強化子とすることで、様々な行動の獲得が可能となるわけですが、般化や弁別という少し複雑な行動レパートリーも獲得することができます。

般化とは、たとえば、ハトにグリーンのライトが点灯するボタンをつついた時だけエサを提示するという訓練を実施します。
そして、この行動が獲得された後、訓練時のグリーンではなく、少しブルーに近い色彩のボタンを出現させます。
厳密にいうと、ボタンの色はグリーンではないので、訓練とは異なるため、ハトはボタンをつつくかどうか躊躇しますが、似ている色なので、最終的にはボタンをつつき、エサを獲得します。
この要領で、本来のグリーンの色と似てはいるものの、よりブルーに近い色のライトのボタンを提示します。
どの色でも一定量のエサが提示されるので、ハトは最初の訓練時のグリーンではなくても、ボタンをつつくという行動を起こします。

このように、当初獲得した行動に対して「似た刺激」の提示にも反応することを般化とよびます。
そして、般化とは逆に特定の刺激に対して、特定の行動を結び付けるのが弁別です。

たとえば、グリーンのボタンをつついた時だけエサを提示し、レッドのボタンをつついた時には何も提示されないという訓練を続けます。
すると、ハトはグリーンの時だけボタンをつつき、レッドの時はボタンをつつかないようになります。
この弁別に関する訓練において、ハトがエサを獲得するきっかけとなる刺激はボタンのライトだけではなく、ピカソの絵とモネの絵でも可能であるということが判明し、イグノーベル賞の受賞となったわけです。
厳密には、片方の絵が提示された際にはエサが提示され、もう片方の絵が提示された場合にはエサが提示されないという訓練を繰り返されたハトが、ピカソやモネの絵のタッチを学習したということになります。

このように、イグノーベル賞の研究は面白さを含むものの、科学的には非常に高度で、新しい発見を含むものとなっています。

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